スマホの故障も人生のモヤモヤも、原因は「昨日」にはない。今日から始める「期待」の手放し方
誰かに依存するのをやめて、自分の足で一歩を踏み出すための思考法
『生きることの最大の障害は、
期待を持つということである。
それは明日に依存して、
今日を失うことである。』
(ルキウス・アンナエウス・セネカ)
どうもカズです。
「昨日までは普通に使えていたんです」
「急に壊れたんですが、なんでこんなことに……?」
私は普段、スマホ修理の仕事をしています。
毎日のように、画面が割れたiPhoneや、突然電源が入らなくなった端末をお預かりし、
お客様からこうした戸惑いの声を聞きます。
しかし、実際に端末を開けてみると、多くの場合は「突然」ではありません。
バッテリーは少しずつ劣化し、内部にはホコリが溜まり、見えない湿気によるダメージが蓄積しています。
つまり、故障には必ず原因があり、それはずっと前から積み重なっているのです。
実は、スマホの故障と私たちの人生には、驚くほど似たところがあります。
私たちはよく、こんなふうに考えてしまいます。
「神社に行ったから運気が上がるはずだ」
「このコミュニティに入ったから結果が出るはずだ」
そこに生まれるのが「期待」です。
期待すること自体は悪くありません。
問題は、その期待が「依存」に変わることです。
依存とは、自分の人生のハンドルを他人や環境に丸投げしてしまうこと。
すると、期待通りにならなかった時にがっかりし、不満を抱え、怒りに変わります。
「あの環境のせいだ」「あの人のせいだ」と。
スマホ修理の現場で言えば、「新しい充電器を買ったのに直らない!」と怒っている状態です。
でも本当は、バッテリーや基板に根本的な原因があるのかもしれない。
充電器に期待するのではなく、本当の原因に気づくことが必要なのです。
先日、神社を訪れました。
空気が違い、心が静かになる心地よい時間の中で、私はひとつの確信を得ました。
神社は願いを叶えてもらう場所ではなく、「気づきを受け取る場所」なのだと。
「売上を上げたい」「仲間を増やしたい」と願うのは素晴らしいことです。
しかし大切なのは、ただお願いすることではなく、静かな場所で自分に問いかけることです。
なぜそうなりたいのか? そのために何をするのか? 今できる小さな一歩は何か?
海を見ている時、カフェにいる時、あるいは私のようにスマホを分解している時。
場所を変え、視点を変えると「気づき」が生まれます。
気づきは、期待と違って決してあなたを裏切りません。
なぜなら、気づいた瞬間にそれは「自分自身の成長」へと変わるからです。
部下が思い通りに動かない時。
「なぜやってくれないんだ」と期待すると苦しくなります。
しかし、「自分は何に気づくべきだろう」と視点を変えると、世界が一変します。
期待は、他人を変えようとする力。
気づきは、自分を変える力。
そして、自分を変えることだけが、私たちが唯一コントロールできることなのです。
スマホ修理士として断言できるのは、故障したスマホは「敵」ではないということです。
あれはメッセージです。
「バッテリー交換の時期ですよ」「使い方を見直すサインですよ」と教えてくれているのです。
人生のトラブルも、失敗も、思い通りにいかない出来事も、すべてがメッセージです。
期待ばかりしていると、その大切なメッセージを見落としてしまいます。
しかし、気づこうと耳を澄ませば、そこから必ず学べます。
環境も、他人も、あなたを成功させるために存在しているのではありません。
あなたに「気づき」を与えるために存在しているのです。
だから私はこう思います。 期待するのではなく、気づきを探そう。
願うだけではなく、自分の頭で考えよう。 待つのではなく、行動しよう。
そうやって視点を変えると、人生は不思議なほど軽くなります。
そして気づいた時には、以前よりもずっと成長した自分に出会えるはずです。
【 期待は依存を生む。気づきは成長を生む。 人生を変えるのは、誰かではなく、気づいた後の自分の行動である。 】


